73ch//3(ユータ・かなん・イオ)+1(なみち)=ユかイな仲間たち!
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2005/10/22 (Sat) イオ

かなんがダイスキなユータだけど、遊び相手として小さいかなんには負担が大きすぎるようで気になっていた。
もともと増員に関係なく里親募集サイトのチェックは日課にしてた。気になる子を見つけてはブックマークしてページが削除されたことを知ると「あぁ、決まったんだな~」とうれしくなってた。イオもその中のひとり。募集ページで見たイオのお顔はとってもかわいくて一番かわいくて、でも、ただ、体の事だけが気がかりだった。


2005年7月。
イオは交通事故で両足を骨折して、うじが湧くような瀕死の状態で動けずにいたところを小学生が発見してくれたらしい。そして通りすがりにその小学生に声をかけてくれて病院に連れて行ってくれたのが保護主さん。骨盤と両足骨折、重度の貧血、そして保護宅がない事でイオはそれから3ヶ月の入院生活を送ることになる。

その内いよいよ増員の決心をして何件か問い合わせをしたり会いに行ったりしたけど、なかなかよいご縁もなく、イオのページもまだ削除されていなかった。

2005年9月3日。
「この子だとユータの遊び相手にはならないかもしれないけど脅威にもならないかもしれない」と思い、とりあえず会いに行ってみた。
診察台の上にいたイオは起き上がる事はなく寝そべったままで、募集ページで見たかわいいぼやっとした感じ(爆)とは違ってとても・・・痛いくらいに清浄な感じ?がした事になんだかショックを受けた。なんていうかうまく言えないのだけど、切なかったしちょっと怖かった。

それでもボランティアさんと里親の話しを進めたのだけど、受入にあたって絶対に譲れないのがウィルス検査。エイズ、白血病はもちろんだけど、コロナウィルスの抗体価が100以下であることが条件だった。(コロナウィルスの捉え方は色々あると思いますが。)FIPの検査を申し入れ、ボランティアさんにも快諾していただいたが待ちわびた結果は800。今の状態では入れられない。1ヵ月後の再検査を申し入れたが、色々話した結果、結局この話は白紙に戻った。

2005年10月。
イオの募集ページはまだ残ってるし、募集開始から全く更新がないので状況がわからない。
実は9月の時点で既にイオが身体的に入院している必要はなく、自宅療養が可能な状態だったのだ。
猛烈に気になる。
いよいよ我慢できなくなって以前お世話になった霊視のできるHさんに相談してみた。その人はそれを職業にしている訳ではなく料金を取ってくれないのでかえって気軽に頼めないでいたのだけど。
結果、イオの体の状態を見てもらったらウィルスなどは感じられないという事だったが疲れているので自信がないと言われた。でもパワーをたくさんあげてくれたらしい。
考えた。考えた。考えた。(以下省略・笑)

きっとイオは大丈夫!

10月17日にボランティアさんにメールし、保護主さんと相談して出してもらった結論は19日に連絡があった。この3日がとても長かった(涙)。結果はもちろんOK。
実は18日にイオは保護主さんの実家(東北)に預けられる事になっていたらしい。まさに間一髪!!
そうと決まれば一刻も早く病院から出してあげたかったので、その週末の22日(土)にイオを我が家に迎える事に。
この時点でもちろんFIPの再検査はしていない。大丈夫だと思ってはいるが念の為と、先住ネコへの配慮も兼ねてケージも購入し、イオが来る前に無事に届けられた。(ネットってほんとにありがたいと思った。)
本当に怒涛の数日間だった。神がかり的なものを感じるほど。うーん。

そしてFIPの再検査も100に落ち着き、お試し期間(3ヶ月)も無事に終り、イオは我が家を満喫しているようだ。肝心のネコズの関係は仲良しとまではいかないし、あたしにもまだ警戒してるところはあるようだけど、のんびりやっていこうと思う。


イオを抱き上げてくれた小学生。
病院に連れて行って治療費を払い続けて見守ってくれた保護主さん。
保護主さんの相談に乗ってサポートしてくれたボランティアさん
募集をかけてくれたまた別のボランティアさん。
イオを元気づけてくれたHさん、marikoさん。
そして病院のケージで3ヶ月がんばったイオ。

誰ひとり欠けても今の状態にはならなかったと思う。
本当にありがとうございました!

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なれそめ | comment(0) |


2004/04/22 (Thu) かなん

猫は群れないから1匹でも平気と言うけど、毎日一人ぼっちで留守番させる事につい不憫さを感じてしまうのが人間の性。だめだ!もうあたしが耐えられない!と、ある日ユータのお友達探しを始めた。

条件はユータが脅威を感じないようにユータより小さめの健康な大人猫。
人に愛想がいいより他猫と共存できる子。
そしてもし相性が合わなかった場合、お引取りいただける確約のある子。

そんな感じでネットの里親募集と会社帰りの動物病院のチラシをチェックしていたが、なかなかいいご縁がなかった。
ある日、病院で「ここ(病院)にいます」という文字とカラーをした猫の写真が貼ってあった。病院なら気軽に見せてもらえるし見れるものなら見てみようと思い、中に入るとケージの隅っこに無理な姿勢で固まっている猫がいた。それがかなんだった。

獣医さんに説明を聞くと、かなんはペンキがべったりくっついていてそれを剥がす為にかなりな範囲で毛ごと抜くしかなかった事、原因はわからないが首のあたりに2箇所傷があるので縫合した事、年は1-2才だけど体はとても小さくて最初は2kgあるかないかだった、という事だった。ケージの前に私が立つとかなんは耳をぺたんこにしてきゅるきゅる言っていた。警戒心まる出し。
その時の私は他にもネットで見つけた候補猫がいたし、当分会社帰りに通って様子を見ることにした。

ネットで見つけた候補猫とのお見合いに行くと、何匹か見せてもらったけどみんなユータより大きかった。保護主さんはとても感じのいい話しやすい方で地域猫の活動をされていた。お見合いしに行ったくせに私が思わずかなんの事を相談すると「(野良猫を引き取るのは)とても大変な事だと思いますよ・・・」と実感をもっておっしゃった。そのお宅にも何年たっても慣れない子がいるらしい。でもさりげなく励ましてももらった。以前から興味のあったそういう活動をされている方と接して、さらに触発された事も確かだ。

かなんに決めた。

かなんの保護主さん宅で一時預かりができない状況だった為、かなんは保護されてから2 ヶ月、病院の狭いケージにいた事になる。その間に傷の治療と避妊手術、駆虫、シャンプーなどを済ませていた。

あの長い入院生活がかなんにとってどうだったのかはわからない。
会いにいくといつも奥の壁の方に全身を押し付けて唸ってた。
毛のないところがとても痛々しかった。
すごいストレスだっただろうな。待たせちゃってごめんよ。
ちゃんとごはんもあげるし、寒くしたりしないし、雨にも濡らさない。
ただ、ユータと仲良くしてくれればいいから、これからは3人で生きていこうね。かなん。

なれそめ | comment(0) |


2004/04/06 (Tue) ユータ

マンションを買ってロシアンブルーと暮らす。
7-8年くらいそんな風に夢みていました。

ある日、占い特集の雑誌を買ったら珍しいペットとの相性占いがありました。
その占いによると最良のペットとの出会いは明日!(あたしの誕生日)とでました。は、早すぎるっ!
当時は当然ペット不可、ちんまり7畳の賃貸マンション。
しかしその時のあたしはなぜかどうかしてて翌日にはしっかりペットショップに足を運んでいました。

ところが、念願のロシアンブルーが店頭にはいません。
2月22日の猫の日なのに!運命の日なのに!
だめもとで「ロシアンブルーはいないんですか?」と店員に尋ねると「裏に一匹だけいますよ」とめでたく連れてこられたのがユータでした。

本で調べたチェック項目もユータはクリア。元気で人懐こい子でした。
でも希望は女の子だったのにユータは男の子。
そして何より今さらだけど、こんなにすぐに決めていいのか!?という自問自答。
自分の中ではロシアンブルーなら何匹かいてその中から相性のいい子を選べると思ってたし。

あたしはこの子を本当に幸せにしてあげられるの?そしてこの子でいいの?
ショップの閉店時間も迫ってきます。
1時間の猶予で予約を入れ、とりあえず冷静になる為その場を離れました。

本当に一大決心でした。
そして結論はもちろん「あの子と幸せになろう!」でした。(*^_^*)

夢が叶った今、もうすぐユータのお友達も増えそうだし、これからもみんなで仲良くやっていこうね。

なれそめ | comment(0) |


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